日本の「安心」はなぜ消えたのか〜社会心理学から見た現代日本の問題点〜,山岸俊男,集英社インターナショナル,p.261,¥1600

minami_chaka2008-05-19

 この書評欄を始める前だったかもしれないが,1999年ころに中公新書で「安心社会から信頼社会へ〜日本型システムの行方〜」という本を読んだことがある。本書は同じ筆者の続編である。「品格」「武士道」「偽装」といった今どきのキーワードが続々登場する。ただし,主張の根幹や裏付けにつかう心理学の実験内容は約10年前とほとんど同じ。同じだが,今風にアレンジしてあるので,それなりの説得力をもって迫ってくる。
 著者の主張は,日本の社会は元来,ムラの論理で相互に監視しあうことによって「安心感」を得てた。ムラの論理に逆らえば村八分が待っているので抑止力がきく。ただし,けっして相手を信頼している訳ではない。社会の仕組みが安心を提供することによって,いちいち他人を信頼しなくてもいいようにできているからだ。ムラの世界に安住できていれば,それこそ“パラダイス鎖国”。だが,世の中はグローバル化の時代でそうはいかない。他人から裏切られたり騙されたりするリスクを計算に入れても,他者と協力関係を結ぶことによって得られるメリットが大きいと考える信頼社会と対峙しなければならない。
 カナダの学者ジェイコブズによると,安心社会と信頼社会は,それぞれ独立したモラルの体系を作り出しているという。前者は「市場の倫理=商人道」で,他者と協力関係を築くために「正直たれ」「契約尊重」「勤勉たれ」「楽観せよ」が規範となる。後者は「統治の倫理=武士道」である。集団を構成しているメンバーの結束を図るために「規律遵守」「位階尊重」「伝統堅持」「忠実たれ」が重要になる。これが自分の属する組織(集団,会社)を守るためには,嘘をつくこと(偽装)も厭わないという態度につながっていく。
 筆者が警鐘を鳴らすのは,本来なら「市場の倫理=商人道」重視に向かわなければならない日本社会で,「精神を鍛え直すために,武士道の精神を取り戻す必要がある」といった風潮がはびこっている点。武士道的な精神を排し,商人道を広める運動を展開すべきと主張する。示唆に富む指摘の多い書である。