一銭五厘たちの横丁,児玉隆也・著,桑原甲子雄・写真,岩波現代文庫,p.258,?1000

minami_chaka2009-10-13

 田中角栄立花隆とともに追い詰めた児玉隆也は,評者が好きなジャーナリストの一人だ。本書では,田中金脈追求でみせた切れとは全く異なる,ルポライター本来の地をはう取材の真骨頂を見せている。取材対象は政治家とは正反対の市井の人々。一銭五厘のハガキ(いわゆる赤紙)で召集され夫や息子,そして残された家族である。東京の下町・下谷に住んでいた銃後の人々を,アマチュア・カメラマンの桑原甲子雄が撮影していた。その写真を唯一の手がかりに,児玉は彼ら・彼女ら50数人の戦中戦後を丹念に追っている。
 取材したのは戦後30年をへた昭和50年ころ。田中金脈の追求と並行して,本書の取材に靴底をすり減らしていたのは驚く。大向こうをうならすような内容ではないが,抽象的な言葉を弄することなく,地に足の付いた表現は妙に心を打つ。職人への取材を振り返り,「この人のことばは,何と美しかったことか。リズムもテンポも,中庸を得て淡々と話し,さりげない『ございます』が,江戸前の節をつくっている。私は,会ったりテレビで見たりする政治家たちの話し方が,一介の家具職人の話しことばの足下にも及ばぬことを嘆いた」といったフレーズが実にいい。