だまされないための年金・医療・介護入門〜社会保障改革の正しい見方・考え方〜、鈴木亘、東洋経済新報社、p.280、\1995



 タイトルと中身にギャップがある書。「だまされないための年金・医療・介護入門」と聞けば、医者や保険会社、介護会社にだまされない知恵を説く手軽なノウハウ本と思われかねないが、実際は社会科学系の啓蒙書。副題の「社会保障改革の正しい見方・考え方」の方が内容を的確に表している。年金を中心に、日本の社会保障制度がどれほど酷い状態か、元凶がどこにあるかを分かりやすく論じる。自らの老後や日本の未来を考える上で必読の良書で、お薦めである。
 本書を読むと、無為無策を続ける政治と行政の状況に暗澹たる気持ちになる。1940年生まれと2005年生まれでは年金の生涯受給額が8340万円も違うという世代間の不公平は論外だろう。既得権をもつ高齢者が大票田となった現状では社会保障改革は難しく、「低福祉・高負担か、中福祉・超高負担」しか選択肢はないというのが筆者の見立てである。
 国民を“だます”のは政治家や官僚、年金・社会保障の専門家と言われる人たちだ。統計データの恣意的なねじ曲げや、非現実的な前提でのシミュレーションなど、本書はだましのテクニックを紹介する。まさにやりたい放題である。政治家や官僚、年金・社会保障の専門家が主張する「安心」「改革」とは名ばかりで、単なる負担の先送りだったり、朝令暮改の目くらましに過ぎないと、筆者は筆鋒鋭く批判を加える。現在行われている改革論議のキーワードは、「現在の高齢者への既得権保護・利益供与」「先送り主義」「情報操作」「本質的ではない論点へのすり替え」と容赦ない。
 経済学者である筆者の主張は論理的で明快だが、なぜそれが政策に生かされないのか。本書を読むと、日本における経済学者の存在感の薄さも気になる。ちなみに筆者の社会保障改革は、現役世代が高齢者世代を支える賦課方式から、老後は自らの負担でまかなう「積み立て方式」への移行である。年金だけではなく、医療保険介護保険すべてを積み立て方式に変えるべきだと主張する。