ヒトラーの秘密図書館、ティモシー・ライバック著、赤根洋子・訳、文芸春秋、p.360、¥1995


 ヒトラーの蔵書1300冊の内容だけではなく、書き込みや傍線(アンダーライン)までも丹念に調べ、そのうちの10冊を取り上げ独裁者としての政治活動や精神構造の背景を探った書。少年時代に親しんだ冒険小説からベルリン陥落前夜に読んだといわれる「フリードリッヒ大王伝」までを扱う。筆者のせいではないが、ベリリン陥落時に多くの蔵書が連合軍兵士に持ち去られており、行方不明になっているのは惜しい。全体に軽めの内容で読みやすい。歴史好きの方の暇つぶしに向く書である。
 著者は10冊の蔵書ごとに一つの章を設ける。芸術家の夢の名残、反ユダヤ思想との邂逅、ユダヤ人絶滅計画の原点、総統の座右の思想書、オカルト本、将軍よりも軍事年鑑といった話題が続々登場し飽きない。「我が闘争」に刊行されなかった第3巻が存在したこと、ユダヤ人絶滅計画の原点が米国の書籍にあったこと、オカルト本にはまっていたことなど、興味深いエピソードが多く盛り込まれている。米国の書籍からけっこう影響を受けていたというのを本書で初めて知った。
 本書はヒトラーのコンプレックスを浮き彫りにする。まともな学校教育を受けていないコンプレックスが、膨大な蔵書・読書と旺盛な知識欲につながった。偏った書物からの知識と抜群だった記憶力を生かし、ヒトラーはのし上がって行く。一方で、コンプレックスゆえに勘と成功経験、度胸に頼ったことが政治的・軍事的な自滅につながっていく。