死のテレビ実験〜人はそこまで服従するのか〜、クリストフ・ニック著、ミシェル・エルチャニノフ著、高野優・訳、河出書房新社、p.309、¥2100

 テレビ番組を模して2009年に行われた心理学実験(服従実験)の詳細を紹介した書。人間が権威に弱いことと、テレビの影響力の大きさを示すショッキングな内容である。筆者はテレビ番組の制作者とジャーナリスト。刺激に飢え、どんどんヒートアップするテレビ番組に危機感を募らせ、この実験を企画した。人々はテレビを無条件に信頼しており、信者に絶対的な権威を持つカルト宗教のようなものだと、筆者は警鐘を鳴らす。その手口は、感情に訴えることで視聴者を煽動しており、独裁者とそっくりだと断じる。
 実験はクイズ番組の体裁をとり、出題者(一般人)は回答者(俳優)が間違えるたびに、回答者に与える電気ショックの電圧(最大460V)を高めていくというもの。高電圧に苦しむ回答者の声を聞きながらも、電気ショックを与え続けるように司会者から命令されたときに、人はどれくらいの割合で権威に服従し残酷な行為に走るかを調べた。有名なミルグラム服従実験(通称「アイヒマン実験」)を架空のクイズ番組に応用し、テレビのもつ権威性を確かめる目的で行われた。
 結果は衝撃的。81%の出題者が最後までクイズを続け、最終的には表面上460Vもの電気ショックを回答者に与えたのだ。科学者の権威に対する服従を調べたミルグラムの実験の結果が62.5%だったので、単純に数字を比べるとテレビの権威が科学者を上回ったことになる。
 日本のテレビの低俗化は酷いが、本書が紹介する欧州の状況も似たようなもの。露出度と露悪度は欧州が先をいくかもしれない。筆者が服従実験と実験をもとにしたドキュメンタリー番組を思い立ったのは、「このままでは、いずれ殺人を見せる番組が登場しかねない」という危機感が背景にある。テレビ番組によって、テレビ番組を批判するためだったという。
 本書は服従実験について、なぜ人々は良心に背く行動をとったのか、途中で服従をやめた人々の状況はどうだったのかについて、社会心理学的な分析を加える。前者は、自発的に参加してという意識から生まれる義務感、部分的な細かい作業に集中する、相手が悪いと考える、といった行動をとることで良心を抑える。後者は、仲間を作る連帯によって服従から逃れることができたと分析する。