暴走する脳科学〜哲学・倫理学からの批判的検討〜,河野哲也,光文社新書,p.216,¥777

minami_chaka2009-04-19

 「脳を科学的に解明すれば人間の心や社会の動きは理解できる」という脳科学者の思い上がりを立教大学文学部教授の哲学者が批判した書。脳科学の知見に基づいているかのような誤解を与える「脳科学商品」や「脳トレーニング法」を疑似科学や似非(えせ)科学と非難する。脳科学者の思い上がりに対しても手厳しい。自分の専門を超えて政治や教育,健康などの分野で無責任な放言を繰り返し,それがあたかも科学的な裏付けがあるかのように受け止められている社会現象に対しても疑義を呈する。哲学者らしい上滑りした表現があり読みづらいところもあるが,そこそこ面白い。
 筆者が抱く最大の疑問は,「脳=心」なのか,脳科学を極めれば人間の行動をすべて解明できるのかという点である。筆者の主張は,人間の行動や心には外部環境によって規定される社会的な部分が少なからず存在し,脳の研究だけでは解明できないというモノ。「私ではなく,脳が決断するのであり,意志の自由という感情は幻想である」と主張する脳科学者を批判する。このほか脳科学の研究成果が医療や教育,犯罪捜査,裁判などに無批判に応用されることの問題にも言及している。例えば認知症などの病気の治療を目的に開発された薬を,スマ−トドラッグとして健常人の脳機能の拡張(例えば記憶力増進など)を使うことの問題を指摘する。