「方言コスプレ」の時代〜ニセ関西弁から龍馬語まで〜、田中ゆかり、岩波書店、p.280、\2940


 方言に対する日本人の価値観の変遷を各種の意識調査、テレビ番組や文学作品の分析などから追った書。表題の「方言コスプレ」とは、大阪人でもないのに吉本芸人のように大阪弁で突っ込んだり、高知出身者でもないのにドラマの坂本龍馬のような言葉を使ったり、TPOに応じて方言を使い分ける「言葉のコスチューム・プレイ(コスプレ)」現象を指す。筆者によると比較的若い年齢層を中心に、親密な間柄やくだけた場面で定着しつつある表現という。日本人の方言に対する意識がこの40年ほどで劇的に変わったことがよく分かる書である。
 評者のような世代だと、話し言葉といえば標準語というイメージがある。生まれ育った地域の方言(評者の場合は生まれ故郷の大阪弁だったり、育った金沢弁だったりする)は使っているものの、頭のどこかに標準語の呪縛が存在する。筆者は「近代から戦後にかけての標準語の登場と強制」と書いているが、当たらずとも遠からずである。しかし方言に対する日本人の姿勢は徐々に変わっていく。1980年代になると方言コンプレックスが問題にならなくなり、逆に方言がプレステージ化することを筆者は新聞記事や投書から明らかにする。
 同時に方言は特定のイメージと結びつく。大阪弁なら「おもしろい」「怖い」「かっこいい」、沖縄弁は「あたたかい」、東京弁は「つまらない」「冷たい」、広島弁は「男らしい」「怖い」、福岡弁は「怖い」などだ。このステレオタイプのイメージが会話相手と共有されることによって、方言のコスプレ化が可能になっていく。このあたりの論理展開はなかなか読ませる。興味深いのは、NHKドラマ(特に大河ドラマ)を分析することで日本社会の方言に対する変化を論じる部分。NHKドラマが試行錯誤しながら方言を扱ってきたことを、筆者は丹念な調査で明らかにする。かつては標準語だった坂本龍馬が、ついには土佐弁を喋るようになっていく。丹念な分析に裏付けられたこの部分を読むだけでも価値がある。