完全なるチェス〜天才ボビー・フィッシャーの生涯〜、フランク・ブレイディー、佐藤耕士・訳、文藝春秋、p.525、\2625


 チェスに詳しくないので、本書の主人公で元世界チャンピオンのボビー・フィッシャーについてはまったく知らなかった。本書は、そのフィッシャーが波乱に富んだ人生を丹念に追った評伝。日本との関係をはじめ、へ〜っという逸話がてんこ盛りで実に面白い。フィッシャーがIQ180の天才であると同時に変わり者だったのは間違いないところだが、マスメディアによって誇張されていたのも事実である。筆者はKGBやFBIのファイル、手紙などを読み込むとともに数百人にのぼる関係者に取材することで実像を描いている。500ページを超える大著なので、さすがに一気に読み通す訳にはいかないだろう。ゴールデンウィークなど比較的長く休めるときお薦めしたい。
 フィッシャーの生涯は波瀾万丈である。13歳で米国チャンピオンになり、さらに冷戦下で国家の威信をかけたソ連のチェスプレイヤーとの闘いに勝ち世界チャンピオンになったものの、奇行や反米・反ユダヤ的な言動、失踪、極貧の生活、日本での潜伏生活と逮捕、法改正まで行ったアイスランドへの移住など後半生の転落は凄まじい。
 チャンピオン後に10億円超のファイトマネーを提示された防衛戦を拒否し失踪する。再び姿を現すまでに20年の空白期間がある。1992年に姿をみせ宿敵と対局し勝利をおさめたものの、再び失踪。次に登場するのは何と成田空港である。米国が経済制裁を行っていたヘルツェゴビナで対局したことが原因で、米国政府の要請によって逮捕されたのだ。常人には理解しがたい行動の数々だ。ちなみに、フィッシャーを「チェスの世界のモーツアルト」にたとえる羽生善治の解説が巻末に掲載されているが、これがなかなかな秀抜である。