任天堂“驚き”を生む方程式,井上理,日本経済新聞出版,p.311,¥1785

minami_chaka2009-10-26

 任天堂の成功の秘密に迫った書。任天堂という会社だけではなく,山内溥相談役や岩田聡社長,宮本茂専務といった中核人物の魅力も直接取材を通してうまく引き出している。任天堂躍進の基礎を築いた故・横井軍平氏に多くのページを割いているのもうれしい。ちなみに筆者は,評者が日経コンピュータ編集長だったときの部下。異動先の日経ビジネスで執筆した特集記事が本書につながった。ベストセラーになったのも納得できる出来映えで,元部下の書ということを抜きにしてもお薦めである。
 最先端に背を向け枯れた技術を使いながら,特上の体験をユーザーに提供するのが任天堂の戦略。右肩上がりの技術トレンドを前提にした思考に陥りがちな評者に新鮮な驚きを与えてくれる。
 評者に経験に照らしても,任天堂は取材の難しい会社の一つ。商品の広報はするが,経営に関する取材に応じてもメリットがないというスタンスを貫く。そうしたなか執筆されたのが日経ビジネスと本書である。ベールに包まれた任天堂をうまく料理している。この手の企業モノだと“勝てば官軍的”になりかねないところを,多角的な分析を加えることで読み応えある内容に仕上げている。
 任天堂の経営戦略を迫力あるものにしているのは,「役に立たないものを作っている」という認識だろう。こうした危機感から,懸命にユーザーのニーズを考える文化が生まれる。山内溥相談役の「娯楽に徹せよ。独創的であれ」,横井軍平氏の「枯れた技術の水平思考」など示唆に富む発言を本書は取り上げる。Wiiのコンセプトが「お母さんに嫌われない」で,コントローラをあえてリモコンと呼ぶという企業文化は凄みがある。それにしても京都の企業はしたたかで素敵である。