ファスト&スロー(上)〜あなたの意思はどのように決まるか?〜、ダニエル・カーネマン、村井章子・訳、早川書房、p.370ページ、¥2205


 「意思はどのように決まるのか」「直感はどれほど正しいか」など、人間の意思決定の仕組みを解き明かした書。我々の常識や経済学が前提としている合理的人間像を否定するを覆していくさまは、実に小気味いい。筆者は心理学者で、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン。この書評で紹介した行動心理学の書と内容的にダブり感はあるものの、本書の物量と説得力はピカイチである。決定版といえるだろう。上下巻だが上巻だけでも読み応え十分だ。この分野に興味のある方だけではなく、多くのビジネスパーソンにお薦めしたい。
 筆者は意思決定は二つの仕組みで成り立っているとする。直感的で感情的な「システム1」と意識的で論理的な「システム2」である。しかし多くの場合にシステム1が前面に出る。そのために、数々の錯覚や誤解、判断ミスが生じる。本書を読むと、システム1に影響された直感がどれだけ当てにならないかがよく分かる。
 筆者は、自らの信念を肯定する証拠を意図的に探す「確証バイアス」、事前に提示された数字の影響を強く受ける「アンカリング効果」、慣れ親しんだものを信じる「認知容易性」、先行して受けた刺激に影響される「プライミング効果」のほか、「ハロー効果」「後知恵バイアス」など心理学の知見を次々と解説する。そこそこアカデミックな内容だが、事例が具体的なので興味深く読み進むことができる。
 未知の出来事に出会うと現実以上に筋の通った理屈を無理矢理作ってしまったり、偶然の事象を因果関係で説明したりすることは、誰しも思い当たる節があるだろう。そして、いずれの判断も必ず間違っていると筆者は指摘する。こうした観点から槍玉に挙げるのが専門家とビジネス書である。誰もが知る著名なビジネス書を、「ほとんど役に立たない」と手厳しく批判している。